2024年12月10日火曜日

日本版The One Hundred 2024について

思うところを

今年のゲーマー度を予想してみようかなと思います

が昨年のスコアはさっぱり忘れちゃったんですけどちょっと調べます

調べました

「2023年のゲーマー度:105 プレイ済:58 所有済47」

2023年は新が26

今年2024は新が全滅っぽいんで大体25%は下がるってのが言えそうかな

今年のゲーマー度は70前後辺りでしょうかね

2025年あたりで50を割り込むかどうかってところかな

ゲーマー度にある程度憧れた時期もあったことはあったんですけど最近の内容を見ると本当にどうでもよくなったって言うかこんなもん上がる方が恥ずかしい感じになってきたなって思いますかね


ゲーマー度算出に関して言うならトップ100じゃなくてプレイ済・所有それぞれのポイントを投票数にするって言うのがある

例えば2023年で言うならテラフォーミングマーズが67票なんでプレイ済67点、所有で67点

これなら支持されているかどうかも反映できそうかなと思うんだけど

数値が高い人ほどよりボードゲーマー達とシンクロ率が高いみたいな


しかし新が26ってことは毎月2つ新をプレイ、または毎月新を買ってプレイってのが必要なのか

とてもじゃないけどそんなこと無理だな

しかもOne Hundreadに選出されるかどうかわからんから3倍程度遊ぶとしたら毎月3つ購入しつつさらにそれをプレイするってか

そこまでくるとさすがに追従する気にならないね

ボードゲームのリプレイ性とランダムセットアップの関係性について

結論:全く関係ない


「このゲームはランダムセットアップで初期配置の組み合わせが6.02*10^23もあるのでリプレイ性も十分担保されてて安心」みたいな発言を稀に見かけるんだけど

んなわけねーだろ

ってことで、それについて

よくあるランダムセットアップで変更される程度の項目が変わったところでたいした変化なんてない

ドミニオンはどんなサプライでやろうがドミニオンにすぎない

じゃあリプレイ性を高める要素って何かって言うとこれに尽きる

面白いゲームか

これしかないに決まってる

そんなの再び遊びたいと思えるほど面白いかどうかしかないに決まってる

もし仮にクソツマラナイゲームがあるとしてそのセットアップのランダム性の組み合わせがこの宇宙の一生より長かったとしても二度と遊ばないに決まってる

なぜならクソツマラナイから

具体的な例としてこの地球上人類全員参加でじゃんけんしましょうか

各々が好きなの出すとするならその組み合わせは途方もなく多彩

じゃあリプレイのし甲斐があるかと言うとそんなのやりたいわけないに決まってる

遊ぶタイトルを明示する重要性について

昔ゲーム会に呼ばれて行ったらテラフォーミングマーズとウィングスパンやらされて、それ以来何やるかわかんない場合断るようになりました

自分にとって何やるかはムチャクチャ重要でテラフォーミングマーズやウィングスパンやるくらいならボケーっと動画でも見てる方が圧倒的に価値が高い

最近オープン会に参加を思いとどまる原因もこんな感じかな

何やらされるかわからんからね、テキサスショーダウンやらサンリオのトリックテイキングとかやらされたらたまらんから


で、たまに聞くヤツで5W1Hとかなんとかいうヤツ

これのうちから4W抜き出したときに人それぞれで優先度が違うんじゃないかなと思う

いつ、どこ、だれ、何、なぜ

この四つについて自分は

1.何

2.いつ

3.どこ

4.だれ

この順に優先度が高いかな、特に2と3はほぼ一緒で誰かは優先度が低い(この傾向の人を何タイプと呼ぶようにする)

だけど最近オープン会なんか行って思うのが

1.だれ

2.いつ

3.どこ

4.何

みたいな人が多い気がする(この傾向の人をだれタイプと呼ぶようにする)

何を遊ぶかは重要じゃなくて誰と遊ぶかが重要

で、ここで思うのが自分はガイアプロジェクトがやりたくて仕方がないのだけど、だれタイプの人とガイアプロジェクトはやりたくない

その理由は「ガイアプロジェクトやりたいー」って言って全然大丈夫よってやってくれるのだけど、終わったらじゃあ次何やりましょうかってなっちゃうからね

なのでガイアプロジェクトやりたいからガイアプロジェクトをやりますと宣言することで何タイプの人が集められるんじゃないかなと思うんだけど、全然集められないのが現実なんだよね

だから世の中的には何遊ぶかイチイチ言わなくてもいいのかも、そんなこと全然求めてなくてってことなのかなと思う